国指定重要無形民俗文化財
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田島祇園祭の由来
今から約800年以上の昔、鎌倉時代の
文治年間
(
ぶんじねんかん
)
に、この地方を治めることになった長沼
五郎宗政
(
ごろうむねまさ
)
が、旧地で信仰の厚かった
牛頭天王
(
ごずてんのう
)
・
須佐之男
(
すさのお
)
命
(
みこと
)
を奉
斎
(
さい
)
し、
天王社
(
てんのうしゃ
)
として祭ったことが始まりで、その後、今から400年前の慶長8年に、領主長沼盛実が京都八坂神社に準じた祭礼格礼を取り入れ、「祭の決まり」を定めて、現在の祇園祭に至ったとされています。
祇園信仰は疫病から守ってもらう祈りや、自分たちの元にこないように祓ってもらう信仰です。
伊達政宗が会津を支配した時代に、一時、祭は出来なくなりましたが、祭礼を定めた慶長8年に住民が当時の
城代
(
じょうだい
)
小倉作
(
おぐらさく
)
左
(
ざ
)
衛門
(
えもん
)
にお願いして、祭が再興されました。当時は、天王祭と呼んで6月15日に行われていたようです。
明治4年、天王社は田出宇賀神社に合祀となり、田出宇賀神社例祭が祇園祭と合併の祭日となりました。
更には熊野神社の例祭日が明治12年に同一日になるなど、様々な改変を重ねてきましたが、祇園祭の伝統は、牛頭天王奉鎮以来の社家である現宮司室井家により、脈々と今に伝わり、その礼式が保持されています。
このように、現在の祭礼の形態は
幾多
(
いくた
)
の
変遷
(
へんせん
)
を重ねてきていますが、慶長の復興願いの「しきたり」が基本となっているといわれています。
お党屋制度
田島祇園祭は、お党屋制度と呼ばれる現在12組のお党屋組が、1年神主の党本の家を支えて、祭事を担当する制度によって運営されています。
13年目に巡ってくる当番お党屋を中心とし、前年のお党屋組「渡し」と、翌年のお党屋組の3組が織り成す祇園祭は、1年がかりの大行事です。
この800余年の伝統があり、会津田島祇園祭は昭和56年、国の重要無形民俗文化財に指定されました。
行事のタイムスケジュール
7月22日 宵祭
◆
オープニングセレモニー
◇正午
◆
江戸下町職人展
◇正午〜午後10時30分頃
◆
子供歌舞伎通し上演(予定)
◇午後1時前後
※
◆
子供歌舞伎屋台上演
◇午後4時〜午後10時30分頃
※
◆
大屋台運行
◇午後4時〜午後10時30分頃
7月23日 本祭
◆
七度の使い
◇午前7時頃
※
◆
七行器行列
◇午前7時30分〜午前8時頃
◆
江戸下町職人展
◇午前8時〜午後11時頃
※
◆
神輿渡御〜還御
◇午前10時30分〜午後2時頃
※
◆
子供歌舞伎屋台上演
◇午後4時〜午後11時頃
※
◆
大屋台運行
◇午後4時〜午後11時頃
7月24日 太々御神楽祭
※
◆
太々御神楽
◇午後1時〜午後3時
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